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Cellular Biochemistry Laboratory, Graduate school of Pharmaceutical Sciences, Nagoya University

人見 清隆 プロフィール


昭和36年(1961年) 京都市伏見区生まれ 

昭和49年(1974年) 大阪府枚方市立高陵小学校 卒業

昭和52年(1977年) 京都市立深草中学校 卒業 

昭和55年(1980年) 京都市立日吉ヶ丘高校 卒業

昭和59年(1984年) 京都大学農学部食品工学科 卒業

昭和61年(1986年) 京都大学大学院農学研究科 修士課程 修了

平成元年(1989年)  京都大学大学院農学研究科 博士課程 修了
           食品化学(現生体情報応答学)研究室
           赤血球分化増殖因子受容体に関する研究に従事、農学博士の学位取得

同年 10月      名古屋大学農学部 食品工業化学科
           培養工学(現遺伝子制御学研究室) 助手
           骨芽細胞分化、ビタミンC輸送体に関する研究に従事

平成7年(1995年)  名古屋大学農学部応用生物科学科
           分子細胞制御学研究室 助教授

現在の研究(トランスグルタミナーゼ)を少しずつスタート

平成11年(1999年) 名古屋大学大学院生命農学研究科へ配置転換

平成24年(2012年) 名古屋大学大学院創薬科学研究科 教授
           同研究科 副研究科長

平成25年(2013年) 名古屋大学創薬科学研究科 研究科長




平成14年(2002年) 農芸化学奨励賞(日本農芸化学会) 受賞

平成13年(2001年)6月および平成14年(2002年)7, 8月 ワシントン大学(シアトル)歯学部口腔生物学科 客員研究員
                            2度目は文部科学省在外研究員(短期)


所属学会: 日本農芸化学会、日本生化学会、日本薬学会、日本細胞生物学会、日本動物細胞工学会、ポリアミン学会


授業担当科目: 細胞生物学3 (農学部)
        基礎セミナー「くすりを知る」(全学共通教育) 
        先端生物科学特論(大学院)
        創薬探索科学(大学院)、
        創薬探索科学特論(大学院)




教育研究について思う事

<英会話について>

 自分が助手(助教)になった頃は海外留学をしたいという思いがとても強かった。その頃は、大学の教員になれば留学を1〜2年するのが普通であって、それは研究のための武者修行でもあり、英語がうまくなりたい(行けばうまくなれると盲信)との思いからであった。
 しかしその頃はとてもそんな余裕はなく、結局は機会に恵まれなかった。当時景気がよかった頃に、修士卒業で企業に就職したクラスメートがほとんど皆海外留学を経験していることが分かった時に、同窓会でちょっと悲しかったのを覚えている(40歳を越えてから短期にはできたが)。

 以降、留学した人たちに負けたくない、という変なコンプレックスから、学生さんに必ず外国人のお客さんを接待させたり(短期留学をさせたり)して、周囲には迷惑なことであった。また、自費で英会話学校(NだのBだの)にも通い、英会話を特訓したりもした。得意とも言えないが、人並みにはなったのではないかと思っている。

 英語をやりすぎて損する事はないので学生の皆さんにはがんばってほしい。ただし、留学さえすればなんとかなる、というのは、今は間違っていたと思っている。ではどうするか。幼児が言葉を覚えるように学ぶこと。この話はまた今度。



<同じ釜の飯>

 同じ釜の飯(を食べた仲)という言葉がある。正確には昔同じ時間を同じ場所で過ごしたと言う意味で、大学の研究室ならばその時同級生だったり、一緒に過ごした先輩後輩だったりした、ということだろうか。

 先日、研究室ができたことの案内を兼ねて、自分が直接研究指導した卒業生の方々に声をかけて集まってもらった。もちろん皆さん仕事もあったり、家のこともあったりでとても忙しい中を集まってもらったが、大変楽しいひと時をすごせた。同じ卒業生であってもなにせ10年以上の開きがあるので、お互い初めて会う人達も多い。でも「トランスグルタミナーゼ」を中心に皆少しずつ共通する何かはあったはずである。

 今は現役の人たちも、知らないうちにこれらの面識のない卒業生の方々が残した方法や技術、論文のイントロ文章やスライド、習慣(単に実験のことだけでなく)について何かしらの恩恵を受けているのだ。また、今現役の人たちも、自分の行ったことや決めた事柄が、後々、まだ見ぬ後輩たちに受け継がれて影響を与えることになるのだ。そう思うと、どんなささいなことであっても研究室に貢献できているし、研究室を創っている、ということになる。どこの研究室もそうなのだろうと、改めて思った。



<どうしたら実験がうまくなるか>

 今年からラボがスタートしたので、新しく研究室に入った人たちが多いので、時々自分が研究室に入った頃を懐かしく思い出す。当時は教員に直接実験を教えてもらう事など無く、ドクターコースの先輩に「弟子入り」する感じであった。自分がついたYさんという先輩はとても厳しく、実験も大変上手であった。

 ある時、どうしたら手際よく実験できたり、失敗の原因がパッとわかったりするのでしょう、と問うと、「それは持って生まれてくるものだから」とバッサリ言われたことを覚えている。当時自分を省みて、また後輩や学生さんを指導するようになり、確かにそんなところはあるなあと思った。しかし、しかしである。いつかうまくなりたい、と思いつつ努力することで、その結果ずいぶんと上手に実験を行える感覚や技術は確実に身につくし、実際、意欲のある学生さんが、卒業までにとても手際が良くなった例を何度も目にしてきた。ある意味、実験(研究)を進めるのは、料理人や大工のような、「職人」としての要素が強い。結局どの世界でも結局、心して上達を目指す、ということなのだろうと思う。卒論生当時は、まさか自分がこんな立場になろうとは思わなかったので、今も尊敬するY先輩ともう一度話がしてみたいと思っている。



<よい研究室とは>
第1回(4月執筆)が行方不明です。


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